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広島地方裁判所 平成8年(モ)904号 決定 1996年6月25日

主文

本件移送の申立てを却下する。

理由

一  当事者の求めた裁判及びその理由

1  申立人(被告、以下「被告」という。)は、民訴法三〇条(管轄違いに基づく移送)に基づき、「本件訴訟を東京地方裁判所に移送する。」旨の決定を求め、別紙「被告の本件移送申立ての理由」のとおりその理由を主張した。

2  相手方(原告、以下「原告」という。)は、主文と同旨の決定を求め、別紙「原告の意見」のとおりその理由を主張した。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の各事実が認められる。

(一)  本件訴訟における原告の請求及び主張の要旨は、次のとおりである。

すなわち、池野一孝は、被告との間で、平成四年四月二日、保険契約者及び被保険者を池野、死亡保険金受取人を原告とする入院・手術保障付特殊養老保険「けんこうひまわり保険」の保険契約(本件保険契約)を締結した。ところが、池野は、同年一二月二〇日、市営アパートの屋上から転落するという不慮の事故(本件事故)によって死亡した。

そこで、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、池野の死亡による死亡保険金の支払を求める。

(二)  本件訴訟における被告の主張の要旨は、次のとおりである。

すなわち、本件事故は、池野の重過失に起因するものであるところ、本件保険契約の普通約款(本件約款)には、被保険者の故意または重大な過失による死亡のときには保険金を支払わないという免責条項が存する。

したがって、原告の請求は、失当である。

(三)  本件約款五〇条(一項)には、次のような規定が存する。

「この契約における保険金の請求に関する訴訟については、会社の本社または保険金の受取人(中略)の住所地と同一の都道府県内にある支社(中略)の所在地を管轄する地方裁判所をもって、合意による管轄裁判所とします。ただし、契約日から一年以内に発生した事由に基づく保険金の請求に関する訴訟については、会社の本社の所在地を管轄する地方裁判所のみをもって、合意による管轄裁判所とします。」

(四)  本件約款二〇条には、次のような規定が存する。

「保険金は、事実確認のためとくに時日を要する場合のほかは、請求書類が会社の本社に到着してから五日以内に、本社または会社の指定した場所で支払います。」

(五)  池野は、本件保険契約を締結するに当たって、「貴社の定款・普通約款及び特約条項(特約付の場合)を承知のうえ、被保険者の同意を得て、下記生命保険契約を申し込みます。」と記載された保険契約申込書に署名・捺印するとともに、本件約款を受領した。

2  そこで、右1の事実関係を前提として具体的に検討する。

(一)  まず、本件約款五〇条のうち、契約日から一年以内に発生した事由に基づく保険金の請求に関する訴訟(本件訴訟はこれに該当する。)に関する合意管轄(本件合意管轄)について検討するに、右条項の前記文言を形式的に見る限り、本件合意管轄は、専属的合意管轄と見るのが自然であるかのようである。

しかしながら、本件合意管轄が専属的合意管轄であるとすれば、被告本社の所在地から遠くに居住する一般の保険契約者、被保険者及び保険金受取人らは、被告支社で保険契約を締結し、保険料を支払い、被告支社の所在地で保険金請求の原因たる事故が発生した場合であっても、保険金の支払について紛争が生じたときには、被告本社の所在地を管轄する東京地方裁判所にしか訴えを提起できないこととなって、事実上訴えの提起が困難となり、被告と対等の立場にない経済的弱者ともいうべき一般の保険契約者、被保険者及び保険金受取人らにとって余りに不利となる。そして、池野が本件保険契約を締結するに当たって、「貴社の定款・普通約款及び特約条項(特約付の場合)を承知のうえ、被保険者の同意を得て、下記生命保険契約を申し込みます。」と記載された保険契約申込書に署名・捺印するとともに、本件約款を受領したことは前記のとおりであるけれども、むしろ、池野としては、将来保険金の支払について紛争が生じたときに、東京地方裁判所にしか訴えを提起できないとは思いもしなかったと見るのが自然というべきである。しかも、本件合意管轄が、ことさら契約日から一年以内に発生した事由に基づく保険金の請求に関する訴訟について規定していること自体、合理的な理由があるものかどうか疑問である。

したがって、右の各事情に照らすと、本件合意管轄は、合理性ないし妥当性に欠ける側面があることは否定できないところであり、専属的合意管轄ではなく、競合的ないし付加的合意管轄と見るのが相当である。

(二)  次に、本件約款二〇条について検討するに、同条項は、本件保険契約に基づく保険金の支払について、支払場所(義務履行地)を定めたものであるところ、これは、右支払について紛争が生じ、訴えが提起される場合を想定したものであることが明らかであるから、実質的に見れば、専属的合意管轄を定めたものにほかならない。

そうすると、右(一)において検討したのと同様の理由により、右条項の効力をそのまま認めるのは相当でないというべきである。

(三)  以上、(一)及び(二)において検討したところによれば、結局、本件約款五〇条及び二〇条の各条項の効力をそのまま認めるのは相当でなく、一般原則(被告は生命保険事業等を目的とする会社であり、保険は営業的商行為であるから、本件保険契約に基づく保険金の支払場所は、商法五一六条一項により、保険金受取人である原告の住所地を管轄する地方裁判所が本件訴訟の管轄裁判所となる。)により、当裁判所に本件訴訟の管轄があるというべきである。

三  結論

よって、被告の本件移送の申立ては理由がないから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 髙橋善久)

別紙 <省略>

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